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盛岡地方裁判所 平成元年(レ)4号 判決 1989年9月28日

主文

一  原判決中被控訴人大森幸子に関する部分を次のとおり変更する。

1  被控訴人大森幸子は、控訴人に対し、原判決添付別紙物件目録記載の土地・建物について、盛岡地方法務局大船渡出張所昭和六一年一月二三日受付第三七四号根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

2  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  控訴人の被控訴人大森俊行に対する控訴を棄却する。

三  控訴人と被控訴人大森幸子との間で当審及び原審において生じた訴訟費用はこれを三分し、その一を被控訴人大森幸子の負担とし、その余を控訴人の負担とし、控訴人と被控訴人大森俊行との間で生じた控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取消す。

2  主文一項1同旨

3  被控訴人らは控訴人に対して、連帯して金九〇万円及びこれに対する昭和六三年四月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は、一、二審を通じて被控訴人らの負担とする。

5  3項につき仮執行宣言

二  控訴の趣旨に対する答弁(被控訴人大森俊行)

本件控訴を棄却する。

第二  当事者の主張

(根抵当権設定登記抹消登記手続請求について)

一  請求原因

1 控訴人は、原判決添付別紙物件目録記載の土地・建物(以下「本件不動産」という。)の所有者である。

2 本件不動産につき、被控訴人大森幸子のために、盛岡地方法務局大船渡出張所昭和六一年一月二三日受付第三七四号根抵当権設定登記がなされている。

よって、控訴人は被控訴人大森幸子に対して、右登記の抹消登記手続を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因は認める。

三  抗弁

1 控訴人は、昭和六一年一月一七日、被控訴人大森俊行との間で、控訴人が、本件不動産について、極度額を二〇〇〇万円、被担保債権の範囲を金銭消費貸借取引、昭和五六年六月一八日貸付金及び昭和五九年五月一八日貸付金とする根抵当権を設定する旨約した。その際、大森俊行は、右契約を被控訴人大森幸子のためにすることを示した。

2 右契約に先立ち、被控訴人大森幸子は、被控訴人大森俊行に右契約に関する代理権を授与した。

四  抗弁に対する認否

抗弁は否認する。

控訴人は、根抵当権ではなく、通常の抵当権を設定することを承諾していたものである。また、抵当権者を被控訴人大森俊行と考えていた。

五  再抗弁

仮に、被控訴人大森幸子との間で、根抵当権設定契約が締結されたとしても、

1 被控訴人大森幸子と控訴人間においては、新たな貸付がなされることは全く予定されていなかったから、右根抵当権は特定の債権のみを担保するものであって、一定の範囲に属する「不特定ノ債権」の担保を目的とするものではない。したがって、右設定契約は無効である。

2 被控訴人大森幸子は、右根抵当権と被担保債権及び担保物件を同じくする抵当権を既に有しているので、本件根抵当権を更に取得することは権利の濫用となり許されない。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁1は争う。

再抗弁2項のうち被控訴人大森幸子が、控訴人主張の抵当権を有していることは認めるが、その余は争う。

(損害賠償請求について)

一  請求原因

1 控訴人は、本件不動産の所有者である。

2 控訴人が、昭和五九年一、二月頃、訴外坂本チエノに対し、岩手県気仙郡三陸町綾里字野形三六番一〇の土地を代金六〇〇万円で、訴外坂本惣治に対し、同四五番一の土地を代金三〇〇万円で売却しようと仮契約を締結したところ、被控訴人大森俊行は右訴外人らに対して、右各土地が被控訴人大森俊行のものである旨虚偽の事実を述べ、右売買交渉を破綻させた。

3 被控訴人大森幸子は、控訴人に対しなんらの債権を有せず、かつ、本件不動産について根抵当権を有しないのに、盛岡地方裁判所一関支部に対して本件根抵当権に基づく競売の申立をし、昭和六三年三月二日競売開始決定を得、被控訴人大森俊行は被控訴人大森幸子の右不法行為に加功した。

4 控訴人は、被控訴人らの右不法行為により精神的苦痛を受けたが、この苦痛に対する慰謝料は九〇万円が相当である。

よって、控訴人は被控訴人らに対して、右不法行為に基づく損害賠償として九〇万円及びこれに対する右3の不法行為の日である昭和六三年三月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1は認める。

2 請求原因2のうち、被控訴人大森幸子が、控訴人主張の競売申立をなし、その開始決定を得たことは認めるがその余及び3は否認する。

3 請求原因4は争う。

第三  証拠<省略>

理由

第一  根抵当権設定登記抹消登記手続請求について

一  請求原因は当事者間に争いがない。

二  そこで抗弁について検討する

乙第五号証の二の控訴人人名下の印影が控訴人の印章によって顕出されたものであることは当事者間に争いがなく、また、<証拠>によれば、同号証の二の控訴人名下の印影は被控訴人大森俊行が経営するそば屋において、控訴人から菅野功司法書士に渡された控訴人の実印により控訴人の面前で押捺されたものと認められるが、同号証の標題は登記申請委任状とあり、その活字部分は他よりも大きいこと等に照らせば、乙第五号証の二がどのような内容、目的の書面であるかを認識したうえで控訴人は実印を司法書士に渡し同人に捺印を委せたものと認めるのが相当であり、したがって、右事実及び<証拠>によれば、抗弁1の事実を認めることができ、右認定に反する原審における控訴人本人尋問(第一回)の結果は、右説示に照らし措信し難い。

また、<証拠>を総合すれば、抗弁2の事実を認めることができ、この認定を左右する証拠は存しない。

三  更に、再抗弁について検討する。

<証拠>を総合すれば、訴外金山友作は、昭和五六年六月一八日、控訴人に対して、弁済期同年一〇月三一日、利息年一割五分、遅延損害金年三割の約定で四〇〇万円を貸し付けるとともに本件不動産に右債権を被担保債権とする抵当権の設定を受け、被控訴人大森俊行は、昭和五八年一一月八日、この債権の譲渡及び右抵当権の移転を受けたこと、被控訴人大森俊行は、昭和五九年一月一八日、控訴人に対して、弁済期同年六月一七日、損害金年三割の約定で四三六万九六〇〇円を貸し付けるとともに本件不動産に右債権を被担保債権とする抵当権の設定を受けたこと、被控訴人大森俊行は、昭和六〇年一月七日、被控訴人大森幸子に対して、右二口の債権を譲渡し、かつ、右二つの抵当権を移転したこと、控訴人と被控訴人大森俊行との間において、右債権の返済を巡る交渉が重ねられたこと、被控訴人大森俊行が被控訴人大森幸子の代理人として本件根抵当権の設定を受けることにした契機は、従前設定を受けていた抵当権によっては、利息及び損害金を含めた債権額の全額は担保されないことを聞いたことにあり、その極度額が二〇〇〇万円とされたのは右二口の債権の元金、利息及び損害金の合計額が概算で二〇〇〇万円となることに基づくこと、以上の事実を認めることができ、この認定に反する証拠は存しないし、新たな貸し付けについて交渉がもたれたことを窺わせる証拠はない。そして、以上の事実によれば、控訴人は右二口の債権について履行遅滞を重ねており、通常の債権者であれば更に新たな貸付けをすることは差し控えるであろう状態になっていたし、また、右根抵当権設定契約当時における未払い元利金及び遅延損害金の合計は一六〇〇万円にも達しており、また生ずべき遅延損害金は年額二五〇万円余りであることからして、被控訴人大森俊行としても、従来有していた二口の債権のみを念頭において極度額を定めたものと解され、したがって同人が控訴人に対して新たな貸付を行うことは予定されていなかったものと認められるところ、原審における被控訴人大森俊行本人尋問(第一回)の結果中、今後も控訴人に対して金を貸す予定はあったとする部分は、具体的な交渉がもたれたことについての証拠がないことに照らし、にわかに採用できないし、他に控訴人に対して新たな貸付を行うことが予定されていたことを窺わせる証拠は存しない。したがって、本件根抵当権設定契約は、前記二口の債権のみを担保する目的でなされたものということになるから、根抵当権設定契約ではなく、通常の抵当権の設定契約と解するほかない。

そして、本件不動産についてなされた登記は、極度額を二〇〇〇万円、被担保債権の範囲を金銭消費貸借取引、昭和五六年六月一八日貸付金及び昭和五九年五月一八日貸付金とする根抵当権の設定登記であり、右根抵当権登記は実体的な法律関係に符合しない登記であって右登記どおりの効力を認めることはできない。なお、通常の抵当権と根抵当権では、優先弁済の範囲(民法三七四条、三九八条の三)、処分(同法三七五条、三九八条の一一ないし一五)、共同抵当の扱い(三九二条、三九八条の一六ないし一八)等種々の点でその法律効果が異なっており、本件のように通常の抵当権について根抵当権設定登記をした場合、あるいはその逆の場合いずれにおいても、その登記は実体関係とは大きく異なる内容が公示されることとなるのであるから、一方の登記をもって他方の登記に流用することは許されないと解される。したがって、右根抵当権設定登記は無効なものである。

また、前記のとおり、前記二口の債権については既に本件不動産に通常の抵当権が設定され、付記登記によりその権利者は被控訴人大森幸子となっているから、右根抵当権設定登記は二重登記に該当するものであり、やはり無効なものである。

四  したがって、本件根抵当権設定登記の抹消を求める控訴人の請求は理由がある。

第二  損害賠償請求について

一  請求原因1は、当事者間に争いがない。

二  控訴人が、昭和五九年一、二月頃、訴外坂本チエノに対し、岩手県気仙郡三陸町綾里字野形三六番一〇の土地を代金六〇〇万円で、訴外坂本惣治に対し、同四五番一の土地を代金三〇〇万円で売却しようと仮契約を締結したことについては、原審における控訴人本人尋問中にはこれに沿う供述があるが、その仮契約書も提出されておらず、右控訴人の供述はにわかに採用できない。

三  また、被控訴人大森幸子が、控訴人に対し前記二口の債権を有すること、かつ、本件不動産について根抵当権は有しないが、抵当権を有することは既に理由第一において見たとおりである。したがって、実体的にみれば被控訴人大森幸子が本件不動産につき競売の開始を求める権利を有していたことになるから、控訴人がその債権を弁済しない限り、控訴人は本件不動産についての競売手続を受認せざるを得ない立場にあり、控訴人が前記二口の債務を弁済していない以上、被控訴人大森幸子が盛岡地方裁判所一関支部に対して競売の申立をしたことによって、控訴人には損害は生じないものということになる。

四  したがって、その余の点について検討するまでもなく、損害賠償を求める控訴人の請求はいずれも理由がないことになる。

第三  結論

よって、被控訴人大森幸子に対する請求のうち、根抵当権抹消登記手続請求を棄却した点において原判決は相当でないので被控訴人大森幸子に関する部分を変更し、被控訴人大森俊行に対する請求を棄却した点は相当であるから、被控訴人大森俊行に対する控訴を棄却し、訴訟費用及び控訴費用の負担について、民訴法九六条、九五条、八九条、九二条の規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中田忠男 裁判官 加藤就一 裁判官 松井英隆)

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